あるこうとする馬の口をひかえひかえて耳をすましてきいたけれ共琴ひく音はしなかった。或は此の月の美くしさにさそわれて御堂などへ御参りになっては居ないかと釈迦堂を始めとして御堂御堂をまわってたずねたけれ共小督の殿に似た人さえもなかったので内裏を出る時にはいかにもたのもしそうに申して出たのにたずねる人にはまだ会わず空手でかえったならさぞ御機嫌が悪い事だろう。是の所からどこかへ落ちてしまいたいけれどもどこへ行っても日本国でない身をかくすべき宿もないので「どうもしようがない、法輪はもう近くだから」と法輪の方へ行くと亀山の近くに松林の一つあるところにかすかに琴の音が聞えた。嶺の嵐か、それとも松風か、もしやたずねる人の琴の音か覚束なくは思うけれ共駒を早めて鞭をうつほどもなく片折戸にしたる門に琴を引きすまして居る様子はまがうかたなく小督殿の爪音である。楽は何かときくと男思うて恋うとよむ想夫恋をひいて居られる。楽は沢山あるのに只今此の楽をおひきになるあわれさ、仲国「お可哀そうに此の御方もまだ君の御事を思召して忘れておしまいにならなかったと見える」と嬉しくて腰笛を腰からぬきとり馬から飛んで下りて門をほとほ
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