花をつけて家の色はその間に白やかばに春の日光の中に光って居る。そうしたようなどことなくものめずらしい景色はハッキリと人魚のそのつみのないひとみにうつりました。幾年かの久しい間陸にはげしいあこがれをもって居た女人魚はあきることも知らずにそこを見て居ました。まもなく、日は落ちてしまったのでうす黒い中を女人魚はその住家へもどりましたけれどもそのはでやかな女と云うものの衣の色や草木の色などはどうしても忘れることが出来ませんでした。それから日に幾度となくこの岩に身をまかせては外界の様をながめて居ました。始めはただながめて居るだけでその女人魚の心は満足して居ましたけれど今ではどうかして自分も彼の群の中に交って思うように暮して見たいと思い始めた、その思は前に陸を見たいと思ったその思いにも劣らないほどつよいものでした。或日女人魚はこの大した力を持って居る心の虫にそそのかされてズーッと恐ろしがりながらその岩から上へ上へと上って見ました。段々女の衣の色ははっきりとなって草木のみどりの色もあざやかになりまさりました。その色にさそわれるように女人魚は段々早くしずかな波の底からうき上りました。波まにチラッとその
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