った事をうかがって一寸も人の事とは思われずいつか又自分の身の上もこうでしょうと思ったのにまして障子に書いておおきになった『いづれか秋に会はではつべき』と云うのもうなずかれましたが又いつだったか貴女の呼ばれて今様をおうたいになった時坐敷さえさげられた事が心苦しくてもうもう口で云われないほどでございました。あれからあとはどこに居らっしゃるともききませんでしたが上のごろここに居らっしゃると云う事を聞き出して、今の御身がうらやましくて、どうか御暇を下さいませ下さいませと申しても一寸も御許し下さいませんの。どうしようかとよくよく考えて見れば此の世での栄花は夢の又夢のようなはかないもの、たのしんだり栄えたりしても何になりましょう。一度死んだ人の身は又と再びうけにくいもので又仏教に入るにも一度入りそこなえば又入るじきがない、ホッと吐き出た息のまだ入らない内、パッと云う間に死んでしまうのは、かげろうや稲妻なんかよりもはかないものだと思うとどうしても心がとまらないのでどうしようと思って居ると今日の昼頃に思いがけないよい時があったので逃げ出してこのようになってまいりましたんですよ」とかついで居る衣をどけた
前へ
次へ
全52ページ中44ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング