で、少将は大変によろこんで此の上なく可愛らしいものに思って愛して居らっしゃったけれ共、程なく又内裏から召されて参内してしまったので少将は残りおしくて、せめて参内でもして居たらば余所ながら会う事も出来るがそれをそらだのみにふだん何かにかこつけて参内して小督の殿の局の前をあっちこっちと通り又はみすの外に佇みなんかして歩いて居られたけれどもついでの情もかけぬ気か召使の物さえも出て来ないので少将は情なく思って或時一首の和歌を書いてみすの内へ投げ入れた、それは、
[#天から3字下げ]思ひかね心は空にみちのくの ちかのしほがまちかきかひなし
小督殿は文を見てどうか返事をしたいとは思ったけれ共心を落つけて考えて「私はこのように君に召し置かれて参って居る上はどんなに少将が云っても言葉をかわしたり返事をしたりするものではない」と心にきめて、その文を上童に持たせてみすの外へ出させたので少将はなさけない、うらめしい人とは思って歩く気にもならないで居られたけれ共|流石《さすが》人目も空恐しいので出された文をふところに入れて歩き出されたけれ共どうかんがえてもそれではあんまりなと又立ちかえって
[#天から3字下
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