げ]玉章《たまづさ》を今は手にだにとらじとや さこそ心におもひすつとも
今となってもう此の世では会う事さえ叶わないならもう一っそなまじ生きて居て見向いてもくれないような情ない人を恋しがって悶て居るより只もうこのまんま死んでしまいたいと許り思って居る。目の前で互に居て会って居る様で心ではあって居ないなさけない恋もあり又、お互にあわないではなれて遠く居ても互にこんなに思の深いのにと云って恨んで嬉しい恋もある。始から会わないでお互に思って居る恋よりも目ではあって居ながら心であわない恋の恨許はどうしようもない情ないものであると思いになった。此の冷泉の少将も入道相国の聟である。
「此の小督が世の中に居る間は世の中がよくないであろうから此の小督をつかまえて何とかしなくてはならない」と相国の云ったと云う事を小督の殿は人の話にきいて「私の身はどうかしようと思えばどうにでもなるけれ共何より君の御事が心配だからどうかして」と思いわずらったすえ「どうしても逃れるよりしかたがない」と思いきめて、或る日の暮に出入する童等にまぎれて内裏を忍び出て行方知らずに失せてしまわれた。君は失せた小督の事に思い沈ませられて
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