時でないと部屋の内をはき、ごみをひろわせ、見っともない物なんかをすててもう出て行く様にきまってしまった。前かたからこんな事はあろうと思って居たけれ共さすがにきのう今日の事と思って居なかったので此の三年の間住みなれた障子の間をもう出るのだから名残もおしく悲しくもあり泣いても甲斐のない涙とは知りながら涙が流れてとまらない。義王は出たけれ共、それでもあんまり名残惜しい、せめてもと又かえって住みなれた障子にこう書きつけた。
[#天から3字下げ]萌へ出づるも枯るゝも同じ野辺の草 いづれか秋に会はではつべき
義王は心を取りなおして車に乗って出たけれ共心はすすまないでも涙許りすすんだので、
[#天から3字下げ]今さらに行べき方も覚えぬに なにと涙のさきに立つらん
とよみながら義王は宿にかえり障子の内にたおれ伏して泣くより外にする事がない。母は此を不思議に思って「どうしたかどうしたか」ときいても返事も出来ない。つれて居る女にきいて始めてそう云う事があったと知った。こう云うわけだもので京洛の上中の人々は「アラ、義王は西八條殿から暇をいただいて出されたと云う事だ。サア、あって遊ぼう」と或は手紙をよこす人
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