時には布衣に立烏帽子衣紋をつくろい髪をなで、あんなに美くしかった男と誰が思うだろう。出家してからは今日始めて御らんになるのだけれ共まだ三十にもならないのに老僧のような姿にやせ衰えてこい墨染の衣に同じ色の袈裟、香の煙のしみ込んだよく行いすました道心者の様子をうらやましく思われた。晋の七賢が竹林寺、漢の四皓がこもったと云う商山ごもりの住居もこの様子にはすぎなかったろうと見られた。

     義王

 昔は源平の両家が朝廷に仕えて居て、みいつにもしたがわないで朝権を軽んずる者があればおたがいにいましめ合って居たので代のみだれもなかったけれ共保元の乱に為義が斬られ、平治の乱の時に義朝が誅せられたあとは末の源氏があると云っても名許りで或は流れて居る。或は誅せられてしまったので一向平家の向をはる物がないので平家ばかり一人はん昌して何か思って居てもその勢におそれて頭を出す者もないのできっと末になってから何事かありそうに見えた。かように入道相国は一人で天下四海をも掌に握ってしまってからは人の笑や世のそしりなんかにはとんじゃくなく思いはかられない事許りなすった。その頃京洛中に又とないと云われた白拍子の
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