る山の端をその方がくだろうと思って静かに念仏をなさると沖の白砂に友にまようたと見えて千鳥がしきりになく。海の面をすべってきこえて来る、かじ取りの音やエイヤエイヤとするかけ声のかすかにきこえて来るのも一しお哀をそえて居る。「南無西方、極楽世界の教主みだ如来、あきもあかれもせぬ内に別れてしまったいもせの習い、私もまた歩みますどうぞ来世では一つはち[#「はち」に「(ママ)」の注記]の上に」とかきくどきながら「南無」の一声と一所に波の底に入ってしまわれた。哀な事である。二月の十三日一の谷から八島へ渡るあかつき近い時のことであったので誰もこの出来事を知らなかったけれ共並びの舟に一人のかじ取りが舟をこいで居たのが之を見つけて「アアお可哀そうに、なんと浅間しい事だろう。あの御舟に乗って居らっしゃった女房の只った今海にお入りになってしまったのはマア」と大きな声で云ったのを乳母の女房がききつけて、そばをさぐって見るといらっしゃらない。「アレアレ大変大変」と叫び出したので人々がみな起きて来て舟をとめて水夫を海に入れてさがさせたけれども見つからない。それでなくっても春の夜はかすむ習いなので四方の村立つ雲がフ
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