ワフワと浮かれて来て月の光をかくす夜半なのでまた、阿波の鳴戸のしらせで満汐引く汐が早いのでまして御着物も波と同じに白いのでさがしてもさがしても見つからなかったけれ共、しばらく立ってからようやくかつぎあげて見ると練色の二つぎぬに白い袴をきていらっしゃる。髪も袴もしお水にぬれてベトベトになってせっかく取りあげたけれ共もう甲斐がない。乳人の女房はもうつめたくなった御手にすがりついて「マア、何と云う浅間しい事を遊ばしたのでしょう。私はまだ貴女様が御乳の中に居らっしゃる時分からお育て申してこのかた今日まで片時もはなれず、都に出でになる時でさえ年を取った親をふりすててまでここへ御供申したのになぜこの様なうきめを御みせになるのでございましょう。たとえ因ねんでございましょうとももう一度丈生のある御声を、昔の御姿を今一度お見せ下さいませ。マア、ほんとうになんて云う」と云っていろいろに歎いたけれ共甲斐がなく、少しかよって居た息もたえてとうとう死んでしまわれた。こうして居てもしようがないから、故三位の君のきせながが一領のこって居たのでそれにおしまとめて又海へかえしてしまった。乳人は「私も」と一所に飛び込もう
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