ぎりと知れたならばきっと後の世を契ったものをあいそめたその夜の契さえ今は中々うらめしくて彼の物語にある、光源氏の大将の朧月夜の内侍のかみ、弘徽殿のほそどのも私の身の上にひきくらべて一しお哀深う思う。まどろめば夢に見ん、さむれば面影に立つと云うたのもほんとうの事に思われる。それだが又、身々となってから幼児を育てて置いて亡き人のかたみと思って見たならば悲しみはまさるともなぐさめられる事はきっとあるまい。なまじ生きて居たらば思わぬうきめもあろう。志草のかげで見るも心うい事であろう。此のようなついでに火の中水の底へでも入ってしまいたいと思って居る、書いて置いた手紙を都の方へお送りなって下さい。ついでに後世の事を云って置きましょう。装束をどんな聖にでも賜って我の御世をともらって下さいね。何よりもこのなごりがいつのよまでも忘れないほど悲しい」と云っていろいろ行末、こし方の事をかきくどいておっしゃると乳母の女房は「マアどうしたのでございましょう。日頃は人が来て物を申しあげるのにさえはっきり御返事もなさらないような御方が今夜許り此の様にいろいろおかきくどいておっしゃるのはほんとうに火の中水の底にでもお
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