に日数もすぎて「もしやもしや」と思って居たたのみの綱もつきたのでよりどころない心細さを感じられた。二月の十三日一の谷から八島へむかって海を渡られる暁つき近くに北の方、乳人の女房に向っておっしゃるには「ほんとうに思えばはかない哀なものだ、三位の君のあした、打ち出ようとする夜に軍場に私をよび招えておっしゃるには『弓矢取るものの軍場に出るのは常の事だけれ共今度はきっと死ぬだろうと思うと世にくらべるもののないほど心細い。さて考えれば此の通盛のはかない情に都の内をさそわれ出て歩みなれぬ旅の空に出てからもう二年にもなるのに一度もいやなかおをなさらなかったのはほんとうに此の通盛がいつの世までも忘れない嬉しい事だと云って、そして此のように体のつねでないのもよろこんで通盛が三十になるまでは子と云うものがなかったのにさては浮世のわすれかたみにと云うのであろう。そしてこのようにいつまででもきりのない波の上、船の中の住居だから身々となる時のきまりわるさ、心苦しさをどうしたらよいだろう』なんかと云って居られた言葉も今ははかないかねごととなってしまった。まだこの世に居らっしゃった六日の前のあかつきをもう此の世のか
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