事も出来ず只ふし沈んで泣いて許り居らっしゃった。其の外一の谷で討死した人々の北の方はたいがいの方はみな様をかえられてしまった。中にはあわれなのは越前の三位通盛の侍にくんだ瀧口時貞と云うものが軍場かえって北の方の御前に参って申したのには「上様は今朝湊川のすそで敵七騎の中に取こめられてとうとう御討れになってしまいました。殊に手を下して御首を討ちまいらせたのは近江の国の住人、木村の源三成綱と申しました。私もすぐ御供申し上げにどんなにもなる身でございますが、かねがねの仰せには『私がどのようになったとも後世の御供をしようなどとは思っていけない。必ず心をきめて北の御方の御行方を御見とどけ申せ』とおっしゃって居らっしゃったので甲斐ない命をたすかってここまでまいりました」と申したので北の方は何とも返事をなさらないでかつぎを引きかついでお泣になる。人の話に、三位の君は御討になったとききながら「此の事のもしまちがいではないだろうかしら、又生きておかえりになる事もあるかもしれない」と只一寸旅にでも出た人をまつように此の三四日の間は頭をのばして待って居らっしゃったのもあわれな事である。けれ共今になっては只むだ
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