いた社会認識の程度でも持たれていたのでした。
 今日の眼で観れば、この作品の結末では、作者にまだインテリゲンツィアにとって真の発展というのが、何を意味するかということが、歴史性の上からちっとも分っていなかったことが明瞭に読み取れます。「伸子」は、一つの境遇の垣は一生懸命に破ったが、その垣から出て次に女友達と暮すようになる、それだけでは、「伸子」の疑問も人間完成の要求も本質的には達せられず、結局、面は違うが、同じ小市民的層の内輪《ないりん》をめぐっていることになる。作者は当時、その微妙な要点を洞察するだけの客観的な社会性を自身の現実観察の眼に具えて居なかった次第でした。
 しかし、この作品は私の作家的生涯に大きい意味を持っています。千枚近い長篇を熱心に書き通したことは作家としての技術を習熟さすためには大変に役に立った、この作品が比較的好評であったこともあって、それから後いろいろな短篇中篇を書きましたが、どんな題材でも当時の私が書こうとした範囲のものでは一応小説として読ませるような技術がつきました。所謂腕が少しは出来たのであったが、このことが「伸子」を単行本にするために書き直しかけた頃から
前へ 次へ
全5ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング