私の心に深い疑いを与えるようになりました。らくにいろいろ書け、あんまり悪口も言われなくなって来た。一つの作品から一つの作品への間に、生活上では格別の進歩もないことが分っているのに、作品だけは書けばそれなりに通用する。このことが私に不安を与えました。処女作を書いた時は少女であって世の中を知らなかったけれども、ちゃんとした芸術家の日常の人間的・生活的発展のための努力と創作とはいつも一致していること。生活の発展こそ芸術を発展させるのであって、原稿が原稿料をもたらしてそれで女一人は食べてゆけているという状態そのものだけでは、芸術家としての生き方で望ましいものではないということが反省されました。「伸子」の後に書いた九十余枚の小説「一本の花」は、こういう当時の内心の事情を反映して、私としては記念の作品です。これを書いて私はソヴェトへの旅行に出かけました。帰って後は「伸子」をもっと社会的な観点から批評し得るようになりました。今そろそろ書きはじめた長篇で、私は「伸子」の持たなかった客観的な眼で歴史の或る時期と幾つかの社会層の人間の心持、その相互的な関係を描き出したいと思っています。
[#地付き]〔一九
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