―「貴女はまるで開いた窓のように私をひきつける!」或るときは、大切そうに彼女の手をとって「比類なき者!」とか「素晴らしい者」とか感歎詞を連発する。インガは、もう何十度か、そういうことはやめて呉れと云わなければならなかった。
インガは自身がインテリゲンツィアであるだけ、ニェムツェウィッチを愛せない。彼の中には古いセンチメンタルしかない。
それに反してドミトリーは、生れながらの労働者である。インガに対して、彼はニェムツェウィッチのようにこしらえ上げた文句を云うことは知らない。「僕はあなたを愛している。」そういうだけが精々だ。
インガは、ドミトリーのそういう素朴さ、生一本さとともに、彼が新たな階級として立った労働者としての積極性をもっている点を深く愛しているのであった。
が、インガとドミトリーとの間はまだ円滑に行っているとは云えない。
今日も、思いがけなく爆発したルイジョフの計略をインガは彼女独特のつよい統制力で整理したが、あとでドミトリーに云った。
「――私はもうこのままじゃやって行けない! 一緒に働いていなければどっちでもいいけれど……。すっかり一緒になるか、断然、別々になるか
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