、きめなければいけない。」
 ドミトリーには既に妻子があるのであった。彼は、まだそっちとの交渉を決定しきれないで、インガとの関係に入ってしまっている。このことについて云い出したのは、インガとしてはじめてではないのである。婦人部オルグのメーラなどは、まるで公式的に戦時共産時代からの性関係の形を自身うけついで暮している。
 インガが、ドミトリーとのことを話し、彼の妻子について彼女が気を重くしていることを云ったら、長椅子の上へ寝ころびながら、メーラは口笛を吹きながら云った。
「何でもありぁあしないじゃないの。三人で暮す。それっきりのことさ。」
「――でも、あなた自分の歯楊子をひとに貸す?」
 メーラはインガの質問をはぐらかした。
「ああ、私丁度歯楊子をなくしたところだった。どうもありがとう。思い出さしてくれて!」
 インガは考えるのであった。自分は工場管理者という自分の職務の上で、何か手をぬいたり、雑作ないように問題を誤魔化したりしたことがあったろうか? 一度もない。彼女はこの裁縫工場へ管理者として派遣されてから、新しい三つの職場を殖し、作業を機械化し、三百人の労働者を増す程、生産を拡大した
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