して私は見つめ見つめたがさて、私はたしかに後にも先にも生涯にただ一度の、気絶をしてしまったらしかった。たしかに気絶をしたに相違なかった、――私の目の前には、明かに灰色の霧が渦巻いた。そしてその霧が晴れた時は、私のカラのボタンは外され、唇には、ブランデーの刺すような味感がのこっていた。そしてホームズは、彼の水筒を持って、私の椅子の上から、蔽いかぶさるようにのしかかっていた。
「おい、ワトソン君!」
よく聞きおぼえのある声が響いた。
「すまない、すまない。実にすまなかった。僕はまさか、君はそんなにまで驚くとは思わなかったのだ」
私はしっかりと彼の両腕をとった。
「ホームズ君!」
私は思わずも叫んだ。
「一たい本当に君なのかえ? 君が生きているなどと云うことは、有り得ることなのかえ? 君はあんな恐ろしい深淵から、這い上ることが出来たのかえ?」
「まあ、待ちたまえ」
彼は言葉をさしはさんだ。
「一たい君は、物を云っても大丈夫かね? 僕は全くつまらない、劇的な出現などをして、しっかり君を驚かしてしまったが、――」
「いや、もう大丈夫だ。しかし、しかしホームズ君、僕はどうしても自分の目を信
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