目があるからな。ざまあ見やがれ、鼻血なんぞだらしなく垂らしやがって――
 私は、本船から、艀から、桟橋から、ここまでの間で、正直の処全く足を痛めてしまった。一週間、全一週間、そのために寝たっきり呻いていた、足の傷の上にこの体を載せて、歩いたので、患部に夥しい充血を招いたのに違いなかった。
 ――どこにいるんだか、生きているんだか死んでるんだか知らないが、親たちが此態を見たら――
 と、私は何故ともなく、両親の事を思い出した。
 私の親が私にして呉れたのと、私の親ほどな年輩の世間の他人野郎とは、何と云うひどい違い方だろう。
 私は頭を抱えながら、滅茶苦茶に沢山な考えを、掻き廻していた。そして、私の手か頭かに、セコンドメイトの手の触れるのを待っていた。
 私は、おそらく、五分間もそうしていた。だが、手は私に触れなかった。
 私は顔を上げた。
 私を通りすがりに、自動車に援け乗せて、その邸宅に連れて行ってくれる、小説の美しいヒロインも、そこには立っていなかった。おまけにセコンドメイトまでも、待ち切れなくなったと見えて、消え失せてしまっていた。
 浚渫船の胴っ腹にくっついていた胴船の、船頭夫婦
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