が、デッキの上で、朝飯を食っているのが見えた。運転手と火夫とが、船頭に何か冗談を云って、朗かに笑った。
私は静に立ち上った。
そして橋の手すりに肘をついて浚渫船をボンヤリ眺めた。
夜明け方の風がうすら寒く、爽かに吹いて来た。潮の匂いが清々しかった。次には、浚渫船で蒸汽を上げるのに、ウント放り込んだ石炭が、そのまま熔けたような濃い烟になって、私の鼻っ面を掠めた。
それは、総て健康な、清々しい情景であり、且つ「朝」の溌溂さを持っていた。
船体の動揺の刹那まで、私の足の踝にジャックナイフの突き通るまでは、私にも早朝の爽快さと、溌溂さとがあった。けれども船体の一と揺れの後では、私の足の踝から先に神経は失くなり、多くの血管は断ち切られた。そして、その後では、新鮮な溌溂たる疼痛だけが残された。
「オーイ、昨夜はもてたかい?」
ファンネルの烟を追っていた火夫が、烟の先に私を見付けて、デッキから呶鳴った。
「持てたよ。地獄の鬼に!」
私は呶鳴りかえした。
「何て鬼だ」
「船長ってえ鬼だったよ」
「大笑いさすなよ。源氏名は何てんだ?」
「源氏名も船長さ」
「早く帰れよ。ほんとの船長に目玉を
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