うとした。
 涎でも垂らすように、私の眼は涙を催しかけた。
「馬鹿野郎!」
 私は、力一杯怒鳴った。セコンドメイトの猫入らずを防ぐと同時に、私の欺され易いセンチメンタリズムを怒鳴りつけた。
 倉庫は、街路に沿うて、並んで甲羅を乾していた。
 未だ、人通りは余り無かった。新聞や牛乳の配達や、船員の朝帰りが、時々、私たちと行き違った。
 何かの、パンだとか、魚の切身だとか、巴焼だとかの包み紙の、古新聞が、風に捲かれて、人気の薄い街を駆け抜けた。
 雨が来そうであった。
 私の胸の中では、毒蛇が鎌首を投げた。一歩一歩の足の痛みと、「今日からの生活の悩み」が、毒蛇をつッついたのだ。
「おい、今んになって、口先で胡魔化そう、ったって駄目だよ。剥製の獣じゃあるめえし、傷口に、ただの綿だけ押し込んどいて、それで傷が癒りゃ、医者なんぞ食い上げだ! いいか、覚えてろ! 万寿丸は室浜の航海だ。月に三回はいやでも浜に入って来らあ。海事局だって、俺の言い分なんか聞かねえ事あ、手前や船長が御託を並べるまでも無えこっちで知ってらあ。愈々どん詰りまで行けゃあ、俺だって虫けらた違うんだからな。そうなりゃ裸と裸だ。五分
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