、彼に、いや彼等に今、そのどこだったかを知らせなければならない。
 それは、………………
 だが、それがどこだったかは、もっと先になれば分るこった。


 彼は、間もなく、床格子の上で、生きながら腐ってしまった。
 裂かれた鰻のように、彼の心臓は未だピクピクしていた。そうしたがっていた。彼の肺臓もそうだった。けれども、地上に資本主義の毒が廻らぬ隈もないように、彼の心臓も、コレラ菌のために、弱らされていた。
 数十万の人間が、怨みも、咎もないのに、戦場で殺し合っていたように、――
 眼に立たないように、工場や、農村や、船や、等々で、なし崩しに消されて行く、一つの生贄《いけにえ》で、彼もあった。――

 一人前の水夫になりかけていた、水夫見習は、もう夕飯の支度に取りかからねばならない時刻になった。
 で、彼は水夫等と一緒にしていた「誇るべき仕事」から、見習の仕事に帰るために、夕飯の準備をしに、水夫室へ入った。
 ギラギラする光の中から、地下室の監房のような船室へ、いきなり飛び込んだ彼は、習慣に信頼して、ズカズカと皿箱をとりに奥へ踏み込んだ。
 皿箱は、床格子の上に造られた棚の中にあった。

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