たちが、エンジンでは、ファイヤマンたちが、それぞれ拷問にかかっていた。
 水夫室の病人は、時々眼を開いた。彼の眼は、全《まる》で外を見ることが能きなくなっていた。彼は、瞑っても、開けても、その眼で、糜れた臓腑を見た。云わば、彼の神経は彼の体の外側へ飛び出して、彼の眼を透して、彼の体の中を覗いているのだった。
 彼は堪えられなかった。苦しみ! と云うようなものではなかった。「魂」が飛び出そうとしているんだ。
 子供と一緒に自分の命を捨てる、難産のような苦しみであった。
 ――どこだ、ここは、――
 彼は鈍く眼を瞠った。
 どこだか、それを知りたくなった。
 ――どこで、俺は死にかけているんだ!――
 彼は、最後の精力を眼に集めた。が、魂の窓は開かなかった。魂は丁度|睫毛《まつげ》のところまで出ていたのだ。
 卵に神経があるのだったら、彼は茹でられている卵だった。
 鍋の中で、ビチビチ撥ね疲れた鰌《どじょう》だった。
 白くなった眼に何が見えるか!
 ――どこだ、ここは?――
 何だって、コレラ病患者は、こんなことが知りたかったんだろう。
 私は、同じ乗組の、同じ水夫としての、友達甲斐から
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