んだ。
「何だ! あいつ等あ」
 ブリッジを歩きまわっていた、一運(一等運転手)は、コーターマスターに云った。
「揃って帰っちまやがったじゃないか」
 コーターマスターは、コムパスを力委せに蹴飛ばしながら、
「サア」と、気のない返事をした。
 ――滅茶苦茶に手前等は儲けやがって、俺たちを搾りやがるから、いずれストライキだよ。吠え面かくな――と彼は心の中で思った。
「おかしいじゃないか、おい」
 一運は、チャートルーム(海図室)にいる、相番のコーターマスターを呼んだ。
「オーイ」
 相番のコーターマスターが、タラップから顔を覗かすと、直ぐに一運は怒鳴った。
「時間中に、おもてへ入ることは能きないって、おもてへ行って、ボースンにそう云って来い」
「ハイ」
 彼が下りかけると、浴せかけるように、一運はつけ加えた。
「そして、奴等が何をしてるか見て来い。よく見てから云うんだぞ」
「オッ」
 彼は、もうサロンデッキを下りながら答えた。
 一運は、ブリッジをあちこち歩き始めた。
 ブリッジは、水火夫室と異って、空気は飴のように粘ってはいなかった。
 船の速度丈けの風があった。そこでは空気がさらさら
前へ 次へ
全20ページ中13ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
葉山 嘉樹 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング