彼の反抗は、未だ組織づけられていなかった。彼の眼は牢獄の壁で近視になっていた。彼が、そのまま、天国のように眺める、山や海の上の生活にも、絶えざる闘争があり、絶えざる拷問があったが、彼はそれを見ることが出来なかった。
 彼は彼一流の方法で、やっつけるだけであった。

 夜の二時頃であった。寝苦しい夏の夜も、森と川の面から撫でるように吹いて来る、軽い風で涼しくなった。
 本田家は、それが大正年間の邸宅であろうとは思われないほどな、豪壮な建物とそれを繞《めぐ》る大庭園と、塀とで隠して静に眠っているように見えた。
 邸宅の後ろは常磐木の密林へ塀一つで、庭の続きになっていた。前は、秋になると、大倉庫五棟に入り切れないほどの、小作米になる青田に向っていた。
 邸後の森からは、小川が一度邸内の泉水を潜って、前の田へと灑がれていた。
 消防組の赤い半纒を着た人たちや、青年会の連中が邸内のあちこちに眠そうな手で蚊を叩いていた。
 本田家の当主は、家族の者と主治医とに守られて、陶製のもののように、何も考えることも感じることも出来なくなった頭を、氷枕と氷嚢との間に挟んでいた。
 家族の人たち、当主の妻と
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