ことは珍しくなかった。だが、どんな怨霊も、樫の木の閂で形を以って打ん殴ったものはなかった。で、無形なものであるべき怨霊が、有形の棍棒を振うことは、これは穏かでない話であった。だが、困った事には、怨霊の手段としての、言論や文字や、棍棒は禁圧が出来たが、怨霊そのものについては? こいつは全で空気と同じく、あらゆる地面を蔽ってはいたが、捕えるのに往生した。
下の関行きの、二三等直通列車が走った。
彼は、長い時間を食堂車でつぶして、ビールの汗で体中を飴湯でも打っかけられたように、ネチャつかせながら、彼の座席へ帰った。処が、彼が座席の上に置いてあったバスケットは、そこに無かった。
そこには、網棚から兵児帯を吊して、首でも縊る時のように、輪の中へ顎を引っかけて、グウグウ眠っている男があった。
車室はやけに混んでいた。デッキには新聞紙を敷いて三四人も寝ていた。通路にさえ三十人も立ったり、蟠ったりしていた。眼ばかりパチパチさせて、心は眠ってるのもあった。東京の空気を下の関までそっくり運ぼうとでもするように車室内の空気はムンムン沈澱していた。
「図太え野郎だ。ハッハッハ、変ってやがらあ。首っ吊
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