いたことはなかった!
軟らかい墓土はそばに高く撥ねられた。そして棺《ひつぎ》の上はだんだん低くなった。深谷の腰から下は土の陰に隠れた。
キー、キー、バリッ、と釘《くぎ》の抜ける音がした。鍬で、棺の蓋《ふた》をこじ開けたらしかった。
深谷の姿は、穴の中にかがみ込んで見えなかった。
が、鋸が、確かに骨を引いている響きが、何一つ物音のない、かすかな息の響きさえ聞こえそうな寂寥《せきりょう》を、鈍くつんざいていた。
安岡は、耳だけになっていた。
プツッ! と、鋸の刃が何か柔らかいものにぶっつかる音がした。腐屍《ふし》の臭《にお》いが、安岡の鼻を鋭く衝《つ》いた。
生け垣の外から、腹這《はらば》いになって目を凝らしている安岡の前に、おもむろに深谷が背を伸ばした。
彼は屍骸《しがい》の腕を持っていた。そして周りを見回した。ちょうど犬がするように少し顎《あご》を持ち上げて、高鼻を嗅《か》いだ。
名状しがたい表情が彼の顔を横切った。とまるで、恋人の腕にキッスでもするように、屍《しかばね》の腕へ口を持って行った。
彼は、うまそうにそれを食い始めた。
もし安岡が立っているか、うずくま
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