っているかしたら彼は倒れたに違いなかった。が、幸いにして彼は腹這っていたから、それ以上に倒れることはなかった。
 が、彼は叫ぶまいとして、いきなり地面に口を押しつけた。土にはまるでそれが腐屍《ふし》ででもあるように、臭気があるように感じた。彼はどうして、寄宿舎に帰ったか自分でも知らなかった。

 彼は、口から頬《ほお》へかけて泥だらけになって昏々《こんこん》と死のように眠った。
 朝、深谷は静かに安岡の起きるのを待っていた。
 安岡は十一時ごろになって死のような眠りからよみがえった。
 不思議なことには深谷も、まだ寝室にいた。
 安岡が眼を覚ましたことを見ると、
「君の欠席届は僕が出しておいたよ。安岡君」と、深谷が言った。
「ありがと」安岡はしまいまで言えなかった。
「きみは、昨夜、何か見なかったかい?」と、深谷が聞いた。
「いいや。何も見なかった」安岡の語尾は消えた。
「きみの口の周りは、まるで死屍《しかばね》でも食ったように、泥だらけだよ。洗ったらいいだろう。どうしたんだね」
 深谷が、静かに言った。
 が、その顔には、鬼気があふれていた。

 それっきり、安岡は病気になってしまっ
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