曇った空が人魂のように丸い空間をのぞかせていた。
 安岡は這うようにして進んだ。彼の眼をもしその時だれかが見たなら、その人はきっと飛び上がって叫んだであろう。それほど彼は熱に浮かされたような、いわば潜水服の頭についているのと同じ眼をしていた。
 そして、その眼は恐るべき情景を見た。
 それは筆紙に表わし得ない種類のものであった。
 深谷は、一週間前に溺死《できし》したセコチャンの新仏の廓内《かくない》にいた!
 彼のどこにそんな力があったのであろう。野球のチャンが二人でようやく載っけることができた、仮の墓石を、深谷のヒョロヒョロな手が軽々と持ち上げた。
 その石をそばへ取り除《の》けると、彼は垣根《かきね》の生け垣の間から、鍬《くわ》と鋸《のこぎり》とを取り出した。
 鍬は音を立てないように、しかしめまぐるしく、まだ固まり切らない墓土を撥《は》ね返した。
 安岡の空《くう》な眼はこれを見ていた。彼はいつの間にか陸から切り離された、流氷の上にいるように感じた。
 深谷は何をするのだろう? そんなにセコチャンと親密ではなかった。同性愛などとは思いもよらない仲であった。ほとんど一度も口さえ利
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