谷は、寄宿舎に属する松林の間を、忍術使いででもあるように、フワフワとしかも早く飛んでいた。
やがて、代々木の練兵場ほども広いグラウンドに出た。
これには安岡は困った。グラウンドには眼をさえぎる何物もない。曇っていて今にも降り出しそうな空ではあったが、その厚い空の底には月があった。グラウンドを追っかければ、発見されるのは決まりきったことであった。
が、風のように早い深谷を見失わないためには、腹這《はらば》ってなぞ行けなかった。で、彼はとっさの間に、グラウンドに沿うて木柵《もくさく》によって仕切られている街道まで腹這いになって進んだ。
街道に出ると、彼は木柵を盾《たて》にして、グラウンドの灰色の景色をながめた。その時にはもう深谷の姿は見えなかった。彼は茫然《ぼうぜん》として立ちつくした。なぜかならいくら風のように速い深谷であっても、神通力《じんつうりき》を持っていないかぎり、そんなに早くグラウンドを通り抜け得るはずがなかったから。
「奴も腹這いになって、障害物のない所で見張ってやがるんだな」
安岡は、自分自身にさえ気取《けど》られないように、木柵に沿うて、グラウンドの塵《ちり》一
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