片っ方の眼だけ出すと、深谷が便所のほうへ足音もなく駆けてゆく後ろ姿が見えた。
「ハテナ。やっぱり下痢かな」
と思ううちに、果たして深谷は便所に入った。が安岡は作りつけられたように、片っ方の眼だけで便所の入り口を見張り続けた。
深谷は便所に入ると、ドアを五|分《ぶ》ばかり閉め残して、そのすき間から薄暗い電燈に照らし出された、ガランとした埃《ほこり》だらけの長い廊下をのぞいていた。
「やっぱり便所だったのか。それにしてはなんだって人の寝息なんぞうかがいやがるんだろう。妙な奴《やつ》だ」
と、安岡が五分間ばかり見張りにしびれを切らして、ベッドのほうへ帰ろうとする瞬間、便所のドアが少しずつ動くのを見た。ドアは全く音もなく、少しずつ開き始めた。
深谷の姿はドアがほとんど八|分《ぶ》目どころまで開いたのに見えなかった。まるでドアが独りでに開いたようだった。安岡はゾッとした。
と、深谷の姿が風のように廊下に飛び出して、やにわに廊下の窓から校庭に跳び出した。
安岡の体を戦慄《せんりつ》がかけ抜けた。が次の瞬間には、まるで深谷の身軽さが伝染しでもしたように、風のように深谷の後を追った。
深
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