同じく何事もないように、ベッドに入ると五分もたたないうちに、軽い鼾《いびき》をかき始めた。
「今夜はもう出ないのかしら」と、安岡は失望に似た安堵《あんど》を感じて、ウトウトした。
と、また、昨夜と同じ人間の体温を頬《ほお》の辺りに感じた。
「確かに寝息をうかがってるんだ!」
だが、彼は今までどおりと同じ調子の寝息を、非常な努力のもとに続けた。
パッと電燈がついた。そのまま深谷のスリッパがパタパタとドアのほうに動いた。が、深谷はドアの前でそれを開くと、そのまま振り返って、安岡のほうをジーッとみつめた。その顔の表情はなんともいえない凄《すご》いものであった。死を決した顔! か、死を宣告された顔! であった。
彼は安岡が依然のままの寝息で眠りこけているのを見すますと、こんどは風のように帰ってきて、スイッチをひねらないで電球をねじって灯《あかり》を消した。
そうして開けたドアから風のように出て行った。
安岡はそれを感じた。すぐに彼は静かに上半身を起こして耳を澄ました。
木の葉をわたる微風のような深谷の気配が廊下に感じられた。彼はやはり静かに立ち上がると深谷の跡をつけた。
廊下に
前へ
次へ
全18ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
葉山 嘉樹 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング