いさん》な空気をまとって帰ったことを感じた。
 ――決闘をするような男じゃ、絶対にないのだが。――
 安岡は、そんな下らないことに頭を疲らすことが、どんなに明日の課業に影響するかを思って、再び、一二三四と数え始めた。が、彼が眠りについたのは、起きなければならない一時間前であった。
 その次の夜であった。
 安岡は前夜の睡眠不足でひどく疲れていたので、自習をいいかげんに切り上げて早く床に入った。そして、妙な素振りをする深谷の来る前に眠っちまおうと決心した。
「でなけりゃ、とてもやり切れない」
 と思った。だが、そう思えば思うほど、なおさら寝つかれなかった。部屋が、そして寄宿舎全体が淋《さび》し過ぎた。おまけに、なんだか底の知れない泥沼に踏み込みでもしたように、深谷の挙動が疑われ出した。
 深谷はカッキリ、就寝ラッパ――その中学は一切をラッパでやった――が鳴ると同時にコツコツと、二階から下りてきた。
 安岡は全く眠ったふうを装った。が、眠れもしないのに眠ったふうを装うことは、全く苦しいことであった。だが、何かしら彼の心の底で好奇心に似た気持ちが、彼にその困難を堪えしめた。
 深谷は、昨夜と同じく何事もないように、ベッドに入ると五分もたたないうちに、軽い鼾《いびき》をかき始めた。
「今夜はもう出ないのかしら」と、安岡は失望に似た安堵《あんど》を感じて、ウトウトした。
 と、また、昨夜と同じ人間の体温を頬《ほお》の辺りに感じた。
「確かに寝息をうかがってるんだ!」
 だが、彼は今までどおりと同じ調子の寝息を、非常な努力のもとに続けた。
 パッと電燈がついた。そのまま深谷のスリッパがパタパタとドアのほうに動いた。が、深谷はドアの前でそれを開くと、そのまま振り返って、安岡のほうをジーッとみつめた。その顔の表情はなんともいえない凄《すご》いものであった。死を決した顔! か、死を宣告された顔! であった。
 彼は安岡が依然のままの寝息で眠りこけているのを見すますと、こんどは風のように帰ってきて、スイッチをひねらないで電球をねじって灯《あかり》を消した。
 そうして開けたドアから風のように出て行った。
 安岡はそれを感じた。すぐに彼は静かに上半身を起こして耳を澄ました。
 木の葉をわたる微風のような深谷の気配が廊下に感じられた。彼はやはり静かに立ち上がると深谷の跡をつけた。
 廊下に
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