ともの鉤《かぎ》をはずした。とその時に「スライキ、スライキ、レッコ」と怒鳴った。「延ばせ、延ばせ、打っちゃれ」という意味である。伝馬への本船からの臍《へそ》の緒《お》のごとき役を努めていた綱は今一方はずされ、どちらも延ばされた。波田はすぐに、船首の方の綱をも、うまくはずすことができた。そして、伝馬は、今や、本船と完全に独立した小舟になった。と同時に、伝馬は、すでに十間余りを押し流されていた。そしてそれは、盆の中で選《よ》り分けられる小豆《あずき》のように、ころころした。
波田は、櫓《ろ》を入れた。船は、まっ黒い岩か何かのように、そこにどっしりしていた。そして、波の小舟は忙《せわ》しくころんだ。寂しい気持ちであった。彼は全身の力をこめて、櫓《ろ》を押した。船のともを回ろうとした時、伝馬はなかなかその頭を、どちらへも振り向けようとしなかった。一目散に逃げて行く犬の子のように、むやみに風に流されようとして、波田に反抗した。けれども彼の総身の努力は、そのからだに一杯の汗となってにじみ出たように、伝馬の頭をようやく風上《かざかみ》に向けることができた。が、ともすればそれは横に吹き流されそうであ
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