った。
彼が伝馬をタラップにつけた時は、そのからだじゅうは洗ったように汗になっていた。波を削る風はナイフのように鋭かったが、それが、快く彼の頬《ほほ》を吹いた。彼はすぐおもてへはいって汗をふいた。
おもてへは、みな帰って、船長が帰ることについて、ものうさそうに、一言か二言ずつの批評を加えていた。
三上と小倉とは、からだじゅうを合羽《かっぱ》でくるんですっかりしたくができていた。
「オーイ、行くぞーっ」と、当番のコーターマスターがブリッジから怒鳴った。
「ジャ頼みます。ご苦労様、願います」と残る者は二人《ふたり》にいいながら、タラップまで見送った。
二人の船頭さんは、船長の私用のために、船長の二倍だけの冒険をしなければならなかった。
船長はボーイに導かれてタラップ口へ出て来た。
彼が何かを入れたり、出して見たりしていたトランクを、ボーイはさながら貴重品ででもあるかのように、もったいらしく持っていた。
船長は、やきもちをやきながら、ローマの凱旋《がいせん》将軍シーザーのごとくにサンパンに乗り移った。
船長以外のすべての者は、鉛のように重い鈍い心に押えつけられた。伝馬の纜
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