うなドンキーは、また機関室へはいって、蒸気をウインチへ送らねばならなかった。火夫も火口に待っていねばならなかった。
 綱は少しずつ繰り延べられた。それは板の上へおろされるのであるならば、サンパンにかかっている鉤《かぎ》を、綱がゆるんだ時にはずしさえすれば、サンパンはそこに立派にすわっているのだが、それが波――ことにその夜のごとく、大きく鼓動している時――に向かっておろされる場合は、非常に困難であった。波の絶頂に上がった時に、一方の鉤だけをはずすならば次の瞬間には、そのサンパンは鮭《さけ》のようにつるされているだろう。それが、波の最低部にまでおろされることは、不可能であった。鉤がはずれるであろう。もし鉤がはずれなければ、本船のどてっ腹へその頭か、またはひよわいその腹を打《ぶ》っつけて、砕けてしまうだろう。
 ボートデッキで綱の操作をしている二人の水夫も、伝馬《てんま》の中にあって、しっかり、鉤のはずれないように握った、波田も字義どおりに「一生懸命」であった。波は、本船の船腹を蛇《へび》の泳ぐように、最高と最低との差を三間ぐらいに、うねりくねっていた。
 今、伝馬は波の斜面に乗った。波田は
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