それらの面倒で危険な、一人《ひとり》のために何にも関係のない、もう二人の人間の生命を、危険に向かって暴露する。この「秘密」の冒険で、船長は十時間、あるいはもっと少なく八時間だけ、家庭における人となりうるのであった。
 船長は、船長室でしたくをしていた。彼は、彼の家庭についてだけ抱《いだ》きうる、彼の思想を、この船に対する他のあらゆる思想と、全然区別していた。彼は、「秘密」の彼の上陸の前には、対内的にのみ、船長から、人間に変わるのであった。彼は何もかもが、一切合切、妻のこと、子供のこと、その他で持ち切っていた。ことに、妻のことでは、彼は、「やきもち」をやいていたのであった。
 彼はトランクに種々のものを押し込んだ。そしてはまた出した。そしてため息をついた。「サンパンの準備は何だってこんなに手間取るんだ! わかり切ったことじゃないか、一度や二度のことじゃあるまいし、チェッ!」だが、彼は、まだ催促については我慢していた。そして彼は自分の室を見回した。
 船内において一番きれいな、広い、凝った、便利な室ではあった。が、彼にとってそれは、ビール箱の内側であった。それはすこしも愉快なものではな
前へ 次へ
全346ページ中85ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
葉山 嘉樹 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング