原は、波よけにもたれて、荒涼たる本州北部の風光に見入っていた。

     一四

 わが万寿丸は、三日間の道を歩んで、その夜十一時ごろ横浜港外へ仮泊するはずだった。船は勝浦《かつうら》沖を通った。浦賀《うらが》沖を通った。やがて横浜港の明るい灯が見え初めるであろう。
 横浜は、水夫ら、火夫らの乳房《ちぶさ》であった。それを待ちあぐむ船員の心は、放免の前日における囚人の心にも似ていた。
 東京湾の波浪も、太平洋の余波と合して高かった。梅雨《つゆ》上がりの、田舎道《いなかみち》に蟇《がま》の子が、踏みつぶさねば歩けないほど出るのと同じように、沢山出ているはずの帆船や漁船は一|艘《そう》もいなかった。観音崎《かんのんざき》の燈台、浦賀、横須賀《よこすか》などの燈台や燈火が痛そうにまたたいているだけであった。しけのにおいが暗《やみ》の中を漂っていた。落伍《らくご》した雲の一団が全速力で追っかけていた。
 それでも、もう本船が、酔っぱらいのように動揺する。というようなことはなかった。本牧《ほんもく》の燈台をながめて、港口標光を前にながめながら、わが万寿丸は横浜港外に明朝検疫までを仮泊した。三千
前へ 次へ
全346ページ中82ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
葉山 嘉樹 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング