が監獄の塀《へい》の外にも、彼の考えたような自由はその影もなかったように、また甲板の上で考えたような自由と幸福とは、決して陸上にもありはしなかった。彼らは、それを、彼らが上陸するたびに味わった。そして、陸上で自分の財布を地面へたたきつけ、自分の着ているその無格好な汚《よご》れた着物を引き裂き、労働で荒れた、足の踵《かかと》のような手の皮を引んむいてやりたく思うのであった。それらが、彼らがせっかくあこがれ切った陸に上がったにかかわらず、彼らから自由と幸福とを追っぱらった。
 労働者は、自由や幸福や、人間性が、賃銀を得つつある間に自分に与えられ、あるいは自分からそれを得ようとすることが、全然不可能なことであることを知るようになる。人間が牛肉を食うと同じように、人間が人間を食う時代の存続する限り、労働者は、その生命が軛《くびき》の下《もと》にあることを自覚しなければならない。水夫らは、そんなふうなことを感じた。と思うと、そのすぐ次には「おれ一人《ひとり》でいくらあせって見ても始まらない話だ、坊主でも女郎買いをするではないか、おれらは人間の中のくず扱いにされているんだ」と、社会が自分に強制する
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