セキメーツは徹夜の決心を、自分のために撤回した。彼も今はぬれた麩であった。
 水夫がその南京虫《なんきんむし》の待ちくたびれている巣へもぐり込んだのは、午前一時前十五分であった。そこには眠りが眠った。

     九

 一切を夢の中に抱擁して、夜はふけた。夜、そのものは、それでいいのであるが、おもての船室は、一八六〇年代の英国におけるレース仕上げの家内労働者が、各|一人《ひとり》に対して六十七ないし百立方フィートしか空気を与えられていなかった――マルクス――のとくらべて、もっとはなはだしかった。われわれは、夜の明け方まで、死のような眠りにつく、そしてその死のような眠りからさめて、「罐詰《かんづめ》の蓋《ふた》」をあけて、外気を室内に吹き入れしめるときに「ああ、目がさめた」と思う代わりに「よくおれは蘇生《そせい》したものだ」と思うのであった。
 われわれはしけの場合は、ことにオゾーンが多いにもかかわらず、ほとんど窒息死の瀬戸ぎわまで眠る。そのために、われわれのからだじゅうは、一晩じゅうに鈍く重くなっている。そして、睡眠が与える元気回復ということは思いもよらないことであった。
 われわ
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