人はそれを藤原に見せた。彼は「ありがとう」と叫ぶのを忘れなかった。
やがて、船長室に密議を凝らしに行ったメーツらはサロンへ引っかえして来た。
要求条件には念入りにも、船長と、チーフメーツとの判が並べておしてあった。
「皆と相談の結果、要求を容《い》れることにしたから、今からすぐに働いてもらいたい、ボーイ長は、横浜着港と共にすぐ入院させるし、その他の条件も、即時実行することにしたから」船長は、低い声で言った。彼は自ら進んでこの条件を、認容したのだといったふうに、見せかけたかったが、あまりにも狼狽《ろうばい》した彼にはその方法もできなかった。
「バンザーイ」「態《ざま》を見ろ!」「労働者フレーフレー」などといいながら扉の外の火夫たちは、ドヤドヤと立ち去った。
「それじゃ、今からすぐに仕事にかかってくれ」チーフメーツは言った。
「ヘー、かしこまりました」ボースンは答えた。
「どうもありがとう存じました」藤原は、判のおされた要求書を、ポケットに収めながら言った。
彼らはおもてへ帰って行った。
水夫らは勝利を得た。だが、何だか物足りない感がだれもの、心のすみにわだかまっていた。
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