帰って行く、空《から》荷車の上へよじ登るのが困難なくらいに、からだが硬《かた》くなっているのだ。彼らの一人《ひとり》は言っていた。
「まあ、生きながら凍ったようなものずら」と。
しかし、労働者は、生きて行くためには死をおそれてはならなかった。
四〇
藤原は、自分の寝箱の中で、腹ばいになって、紙きれに何か書いていた。それは、何か本の抜き書きでもするように、そばには二、三冊書物が置いてあった。彼は、煙草《たばこ》をふかしていた。二本一緒にくわえたらいいだろうと思われるほどむやみにスパスパとふかしていた。彼一人でおもてを燻《くす》べ上げるに充分であった。
ダンブルには、ほとんど石炭が一杯に詰まった。本船は、予定どおり、明朝出帆して、横浜へ帰って正月を迎えることができそうであった。横浜で正月を迎えることは、すべての船員の希望であった。「室蘭《むろらん》ではしようがない」のであった。
横浜には船長も、機関長も、だれも彼もが、世帯を持っていた。その自分の世帯で、お正月を迎えたいということは人情として当然であった。万寿丸は、三十一日の午前十時ごろか、もっとおくれて横浜へ帰りつ
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