ちや、労働者たちにとっても過度労働の黄金時代であった。
たとえば、汽船はゼンマイ仕掛けのおもちゃのそれのようだった。ゼンマイのきいている間は、キチキチとすこしも休むことなく動いた、従って、水夫たちも船長にしても、同じようなことであった。船長はややそのために水火夫へ対して当たったのかもしれない、迷惑な話だ!
人足たちは、桟橋から轟音《ごうおん》と共に落ちて来る石炭の雪崩《なだれ》の下で、その賃銀のためにではなく、その雪崩から自分を救うために一心に、血眼《ちまなこ》になって働いた。そして、そのために彼らの労働は一か月に二十日以上は、どんないい体格の者にも続けられないのであった。そして、彼らは粉炭を呼吸するのだ。
しかし、よかった。一切がわからなかった。一切が知られなかった。馬車馬のように暗雲《やみくも》にかせぐのはいいことなのであった。そして、資本主にとってもこの事はこの上もなくよいことであったのだ。そして、そのころは欧州戦争が行なわれていたのだ。
その時であった! わが日本帝国の富《とみ》が世界列強と互角するようになったのは!
その時であった! 日本が富んだのは。その時であった
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