非常に大きな、――それは他のどこの港でも見られない――人間の頭ほどの太さの、整頓《せいとん》した、等辺三角形の、握り飯を一つずつ、親方から受け取って、船室へ持って来ては食っていた。
 それはセーラー中での食い頭《がしら》三上でさえも、一つはとても食べられなかった。それにはごま塩以外何にもおかずはついていないのであった。人足は夕食にその握り飯を一つもらうと、明け方までは、義務として、残業労働を、再びその窖《あな》の中で、「あの世」の人のごとくに続けねばならないのであった。
 石炭の運賃は、そのころ一トンについて室浜間が五円であった。従って、石炭は水夫室にまで積み込まれた。水夫の月給は八円ないし十六円であり、仲仕、人足らは八十銭の日賃銀をもらっていた。そしてその途方もない握り飯に釣られると、一円三十銭だけ、一昼夜でもらえるのであった! そして石炭の運賃はトン五円であった!
 ありとあらゆるすき間は石炭をもって填充《てんじゅう》された、保険マークはいつも波が洗って、見えなかった。そして、糧食は、かっきり予定航海日数だけが、積み込まれていた。
 船主や株主らにとっては、黄金時代であった。水夫た
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