るぜすてきにいいことが」西沢がいった。
 「ヘッ! 下におりてストーブにあたるこったろう」
 「もっといいんだ。マストのテッペンから海へ飛び込むんだ! そうすれや、どんな難病でも、いやな仕事でも一度に片がついてしまわあ」
 「全くだ」
 彼らはほとんど、無意識に、マストを、こすっていた。水の中で金魚が凍るように、彼らは、宙天の空気の中で凍りそうであった。
 西沢と、波田とは、マストのペンキ塗りを「やりじまい」で命じられたのであった。「やりじまい」とは字のごとく、やってしまえば、その日の仕事のしまいということであった。つまり仕事を、請け負ってやることであった。
 それは大抵都合の悪いことであった。なぜかならば、仕事を当てがう方では、普通の一日行程ではなし遂げ得ないで、しかも急いでいる仕事を「やりじまい」に出すのであった。すると、出された方では、尻尾《しっぽ》に紐《ひも》を縛りつけられた犬のように、むやみにグルグル回ったり、飛びはねたりして、その仕事から免れようと狂うように働くのだ。
 「やりじまいだぞ、二時には済まあ」セコンドメートは、未熟の南瓜《とうなす》のような気味の悪い顔を妙にゆが
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