藤原が口を出した。
 セーラーたちは、何か起こりはしないかと内心好奇心に駆られて「事」の起こるのを待っていた。
 「黙ってろ! よけいな口をたたくな!」チーフメートはとうとう爆発した。
 「黙ってろ? 黙るさ、だが、手前《てめえ》らにゃ手前らの命は大切でも、人間の命が、どのくらい大切かってことはわかる時はあるまいよ。ヘッ」藤原はそのまま自分の巣へ上がって、煙草《たばこ》に火をつけた。彼は明白にチーフメートに挑戦した。
 戦争はすぐ開かれるか、あとで開かれるか、どんな形において開かれるか、それは水夫ら全体を興奮の極に追い上げた。
 黒川一等運転手は彼の策戦が失敗したことを承認した。そして、多分この事はこれだけで片がつかないだろうと、いうこともわかった。長びくような事件にならねばよいがと彼は心配していた。特にそれは、この場合では、彼にとって絶対に都合のわるいことであった。彼は、黙って、早く手当てを済ますに限ると思ったので、その手当てを急いだ。
 かくして、イヒチオールはそれが、その本来塗らるべきところであろうと、または、傷をなして赤い肉の出たところであろうと、出血しているところであろうと、
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