ぎていて、密航婦を、チエンロッカーから出すことを忘れてしまった。
そこで状態は、投錨《とうびょう》の際に一度に悪化した。鎖の各片、人肉の各片、骨の各片、蓆《むしろ》の破片ともつれつ、くんずして、チエンホールから、あるいは虚空《こくう》へ、あるいは鎖と共に海へ、十三人の密航婦を分解、粉砕して、はね飛ばしてしまった。船首甲板に立ち並んでいたボースン、大工はもちろん、水夫、チーフメーツらは肉醤《にくしょう》を頭から浴びた。
波田は、チエンロッカーが、そんな歴史を持っていることによって、その困難な労働をなお一層不快ないやな、堪《た》え難いものにした。それを思い出すと、彼は全くチエンロッカーにはいることが、何よりもいやであった。そして、はいって来る鎖の一片一片が、まるで、自分をねらって飛んででも来るように感じるのだった。
彼は肉体的にはもちろんであるが、精神的にもこの上ない疲労を感じて、チエンロッカーから上がった時はまるで溺死《できし》しそこねた人のようであった。
その仕事着には海底の粘土が、所きらわずにくっついていて、彼の手や顔は、それでいろどられて、くまどりしたように見えた。顔の色は
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