っとぼんやりの方がいいのに」などと、会体《えたい》の知れぬことを感じるのであった。だがしかし、必要もないのに、彼に、これほど長い間苦痛を、わざと見せつけることは、明らかに、船長の冷酷から来たことであった。
船には、その船に対して、会社から、傷病費の予算が請求に応じて提供されてあるのだ。だがそれは、高級海員の家族の病気療養費、あるいは特別収入といった方が正当であった。そして、このための支出から、かくのごとき場合の負傷は、船長によって「節欲」せられるのであった。
船における一切の事は、船長だけがトルコの回々《フイフイ》教の殿堂内における、サルタンと同様に知っているだけであった。より緊密でないことが高級海員に知られていた。そして、労働者たちは、自分たちに会社から支払うところの食糧費がいくらであるか、それすらも知らなかった。
もし搾《しぼ》ろうとするならば、搾られる者が「何か」――それはきわめて詰まらぬことでいい、二と二とを加えると四となるということでも――知っているということは、それより悪いことを、搾るものが見つけるのが困難であろう。つまり何でも知らなきゃいいのだ。知ってると理屈が多く
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