彼は思いかえした。
 「さよなら」彼はそこを飛び出した。そして今までより少し彼はあわてて歩いた。彼は歩きながら、これほどの船つき場でありながら、一軒もサンパン屋が店を出していないことを不便がった。「靴でさえ中古の夜店を出してるのに――」彼は全く残念であった。
 彼はその日一日、ありとあらゆる質屋で断わられ、貸舟屋で断わられ、全くみじめな気持ちになってしまった。
 「伝馬は売れねえや、急にはだめだな、だが、おやじになら売れるだろう」小突きまわされた犬のように、身も心もヘトヘトになりながら、彼はボーレンのおやじを目標に持って来た。彼には絶望がなかった。
 彼は夜十一時ごろ、ボーレンの表戸をあけた。
 おやじは起きていた。そして、彼が上がって行くのをじろりとながめた。三上は、長火鉢の前へ、すわって、煙草に火をつけた。そこは六畳の間であった。すみの方には、船員が二人《ふたり》寝ていた。
 おやじはしばらく黙って、これも煙草を吸っていた。
 「おやじさん。おらあ今日下船したぜ。また、しばらく頼むよ」三上は切り出した。
 「下船した。で、また船に乗る気なのかい」おやじは妙なふうに返事をした。
 船
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