らだで、目的の難破船に、わずかに船首を向けた。きわめて、それはわずかの程度であった。が、本船はグーッと傾いた。そして見る見るうちに、その舵《かじ》が向いてもいないにかかわらず、グングンその頭を振り初めた。そして、同時に物すごい怒濤《どとう》が、船首、船尾の全部をのもうとするように打ち上げて来た。
 船長は、今いったばかりであったにもかかわらず、方位を元へ返した。本船はきわめて短い五分とかからぬ間《ま》に、ほとんどコースを半回転しようとしたのであった。
 難破船のやや近くへ近づくことはできたが、本船はその船首を非常な努力の下《もと》に従前どおりの位置に返してしまった。
 難破船を救うということは、本船を一緒に沈める計画になるというので、船首はもうその向きを換えなかった。けれども哀れな兄弟《きょうだい》たちの乗り込んでいる妹の難破船は、だんだんわれわれの視野に大きく明瞭《めいりょう》にはいるようになった。われわれは、今のコースをもって進むならば、四マイルぐらいのそばを通過するであろう。
 波田《はだ》は、サンパンの下からはい出してなおも一生懸命に、煙突にもたれて、寒さと、つかみどころを同時
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