いた。
舵手《だしゅ》の小倉は、船首を風位から変えないように、そのあらゆる努力を傾注していた。彼の目はコンパスと、船の行方《ゆくえ》とを、機械的に注視していた。
と、本船の前|左舷《さげん》はるかな沖合に、一|艘《そう》の汽船が見えた。「あ、汽船が!」と、小倉は無意識に叫んだ。
船長もチーフメートもだれもがブリッジの左舷へ集まって、望遠鏡のレンズを向けた。
この少し前から、ボートデッキで、サンパンの下にもぐり込んで仕事していた、水夫の波田芳夫《はだよしお》というのも、今小倉が見つけたのを見つけて、一人《ひとり》でサンパンの下からながめていたのであった。
ブリッジでは望遠鏡があるために、その汽船は救助信号を掲げて、難破漂流しつつあるものであることがわかった。
ブリッジからは、直ちにエンジンへ向けて、フルスピードを命令した。一つ救助に出かけようというのであった。
全乗組員は難破船が見えると、その救助に向かうことを直ちに知ってしまった。そして、全員はボートデッキへスタンバイした。
わが勇敢な、しかも自分も腹半分水を飲んだ半|溺死人《できしにん》のような、万寿丸は、その臨月のか
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